春重ロード 福岡・博多 味酒欄 HARUSHIGE ROAD

~春吉エリアを中心に
福岡・博多のホットなグルメ・歴史文化・
観光情報をご紹介~
春重ロード 福岡・博多
味酒欄へようこそ

2022年オープンの弊社グループホテル
昔ながらの面影が残る、春吉エリアの一角

■春吉エリアとは

春吉という地名の由来は、日本三大住吉の「博多・住吉神社」の秋季大祭で、人々が集まることで多くの穀物が踏みつぶされてしまうことを避けようと、「春のみに収穫する麦を作るのがよい」という考えが浸透したことにちなんでいるという説があります。
江戸時代前期の1600年代、福岡藩主・黒田忠之によって田畑だったところが足軽の宅地に開拓され、一帯を流れる那珂川からの浸水を防ぐために土手が築かれるようになりました。これが那珂郡春吉村としての始まりとされており、江戸時代後期には城下の一部を構成し、居住する下級武士により博多織等の内職などが行われていたそうです。

明治時代に入ると、対岸の住吉村と合併し住吉村大字春吉となり、1922年(大正11年)には福岡市の一部となりました。1945年(昭和20年)の福岡大空襲では、奇跡的に罹災することなく、江戸時代に整備された7本の路が今でも残されています。戦後は町名町界整理により、一部が「渡辺通り」、「西中州」、そして「春吉」に分断され、現在の住所は春吉1~3丁目となりました。

その後、中州の発展とともに花柳界の人々の家も増え、個性ある地域とされてきた春吉地区。漫画家・植山とちさんの「クッキングパパ」でも実在する店舗が紹介され、宿泊施設も建設されるようになりました。那珂川沿いからは華麗なネオンが印象的な南新地エリア、南側には歴史あるお寺や福岡の台所「柳橋連合市場」などもあり、近代的且つ地域に根付いた宿場町跡として注目を集めています。

出会いをかさね、想いをかさね、時を重ねる「春重ロード」では、江戸時代から続く7本の横路と、渡辺通りからキャナルシティ博多へ続く新しい通りを入れた、8本の重なった通りを中心に福岡と博多のグルメや歴史文化、そして観光情報をご紹介してまいります。